2015-02-08

510 Name Matters

ようやくJane Austenの著作をすべて読み終えました。どの作品にも毎回驚かされるのは、似たような風景の中に似たような家族が同じような問題と出来事を巡るだけの筋だというのに、何度でもその世界を訪れその景色を堪能したい気持ちになるのです。世の中を切り取ってみせる窓はいつも同じながら、そこから見える人間の賢さ、滑稽さ、狡猾さ、明るさ、優しさ、誠実さ、悲しさ、強さ、弱さ、面白さを作者はかくもユーモラスで清澄な言葉で語ることができるのです。

ところで6編の小説を繰り返し読んでいると、これが当時の時代背景なのでしょうか、登場人物には非常に頻繁に同じ名前が与えられています。Frances(Fanny)、Elizabeth、Elinor(Eleanor)、Anne、Catherineというそれぞれの主人公の名は必ず別の作品にも登場します。例外はEmmaだけで、この名は他にどこにもないところを見ると何か特別な思い入れがあったのではないかと深読みしたくなります。実際、Emmaだけは他の主人公と異なり経済的・社会的に非常に恵まれた地位にあり、従い結婚も求めず超然と気ままに振る舞う人物です。一方、作者自身の名であるJaneなどはあたかも平凡な名であるかのように何とも無造作に幾つもの作品で出会います。他にもCharlotte、Isabella、Mary、男性名であればCharles、Henry、John、Tom、James、Williamなど複数の人物に使われる名の例は枚挙に暇がありません。

(尤も一度しか使われていない名前ももちろん沢山あります。Henrietta、Giorgiana、Julia、Susan、Marianne、Harriet、Lydia、Carolineなど。)

これらが示すものは、名前がその意味や響きが呼び起こすイメージが性格の造形にも影響を与える重要な要素であるからか、あるいは逆にそんなことには頓着なく、当時はご近所にも家族にも似たりよったりな名前のお嬢さんが当たり前だった状況をリアルに反映させただけなのか、それは分かりません。ただJane Austenほどの鋭敏な感覚の小説家は、その作品世界の調和を生み出す上で何かしらの意図を働かせたのではないかと想像したくなります。

No comments:

Post a Comment