121 A New Hope
こちらは本当の桜の木。あまりらしくないですが桜です。去年撮った、もっとさくらさくらした写真を使うこともできたのですが、見栄えのために写真を替える気持ちになりませんでした。おそらくこの20日間強烈なノンフィクションの世界に生き、現実を直視しているからでしょう。 正直に言えば桜に特別な思い入れはありません。特別な感情を掻き立てられることもありません。桜の季節が近づくと無条件でわくわくしたり、舞う花々を何かにシンボライズすることもありません。 新緑が一斉に出そろう高揚感、星座を見上げる純粋な気分、曙光を浴びる幸福感、暑さのあとの最初の秋風の爽快さ、そして視界を閉ざし音を消し去る大雪の中を進む冒険心。これらはわかります。でも桜の花が咲き、散るのを見て何を思うのか、ちょっとよく分かりません。 きっとこれからも分からないでしょう。 でも今多くの人々が桜の開花を待ち、そこに常に変わらない美しさが灯り、誰にでも気前よくその美しさを分かち合う桜の木々に期待を寄せています。その気持ちは必然です。 そして、いつも思うのは、桜の木に香りがあったらどうだろうかと。あれだけ花が咲き誇るのだから、桜が咲くと街中があんぱんやさくらラテの香りで一杯になるのだったら、それはもう外に出るのがどれだけ愉快になるだろうかと・・・
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