2012-02-05

209 Tyler Brûlé

from FT Weekend Saturday January 21 2012

Monocleの編集長、コラムニストであるTyler Brûlé氏がWeekend FTにこんな話を書いていました。自分のBlogで著名コラムニストの記事をそのまま書いてしまうのはナンセンスの極みと承知の上ですが、あまりにも面白く的を得ていたので。信じられないスピードで紙媒体が消えていく世界は誰もが気づいているところですが、それをユーモアと皮肉をこめて描写しています。

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ドイツの週刊誌"Der Spiegel”の記者がロサンゼルスのカフェで新聞を読んでいたのは自分ひとりだけだったと気づいてどんなに驚いたか、と話してくれた時は、彼女は大げさに言っているのだと思った。「何だか火星人みたいな気分だった。私は新聞を読んでいて、周りは誰もが自分のiPhoneに見入ってスクリーンを睨んでいるの」と彼女は言っていた。

先週、ヴェニスビーチのAbbot Kinneyの辺りを散歩していてあるカフェに入った時まで、私はこの会話のことはほとんど忘れていた。大通りに面して開けた通路に足を踏み入れると、男も女もまるで講義を聴いているかのようなスタジアム形式の席につき、そして全員がMacBook Airをたたいていた。

男性は色褪せたTシャツの袖を少しめくり上げ(よく日焼けした二頭筋と妙なタトゥーが見える)、すり減ったオールデンブーツがちょっと見えるくらい裾を巻いた細いブラックデニムを履いている。女性も似たような服装で、ブーツの代わりにバレエシューズかスニーカーを履いている。

カフェに入り、私はカウンターに近寄ってコーヒーを注文した。巧みに整えたあごひげをたくわえたバリスタが巧みにミルク入りコーヒーをカップに注ぐのを待つ間、私は店内を見渡した。1人、2人、3人、4人…6、7、…全部で12人が開いたチタニウム製のスクリーンを見つめ、その半数が近くのボーイング747の騒音でも消し去ってしまいそうな巨大なヘッドフォンをつけていた。誰もがひどく真剣な顔をしていた。カリフォルニアの海岸地帯だというのに、明るい笑顔は一切なかった。スクリーンから顔を上げるものはほとんどなく、一心不乱なタイピングとねじれた後れ毛くらいしか見えなかった。

彼らは何をしているのだろう?皆で脚本に取り掛かっているのだろうか。迫りくる面接に備えて履歴書に磨きをかけて(もしくは飾り立てて)いるのだろうか?SNSのプロファイルをいくつも更新しているのだろうか?彼らは仕事があるのだろうか?それに、部屋の反対側の隅にいる2人はいったいなぜ電話を口の前で水平に持ちかまえて、片や巨大なヘッドフォンを掴みながら、まるでレコーディングでもしているような姿で電話に向かって喋りかけているのだろう?これは、台北か香港かで収集されてきた虚飾が、今や南カリフォルニアを襲っているのだろうか?とんでもない!そうではないことを祈ろう。

コーヒーを掻き交ぜている間、Der Spiegelの記者との会話をふいに思い出し、私は彼女の言っていたことが正しいのか確かめようとあたりを見回した。上に下に、左に右と、私は部屋の中と外を確認した。視界に入った唯一の紙は、カウンターの上のガラス壜にくしゃっと入れられたドル紙幣のひとかたまりだけだった。LA Timesもなければ、FTもなく、雑誌も、PowerPointのプリントアウトもなく、ただ一定の角度に曲がったチタニウムとこの工業的空間を彩るアップルのロゴのバックライトのみ。興味深いことに、この空間で質感を保っていたのはカフェのインテリアに使われた金細工とリサイクル木材、それと妙に不規則にカットしたヘアスタイルくらいだろう。それ以外のものはすべてが乾いていて堅く、鋭利で、完璧で、退屈だった。

私は外に腰かけてこの光景を分析し、そして革新的な行動を取った。私はFTの金曜版を取り出し膝の上に広げてみたのだ―ヘッドフォンを付けずに座っていた女の子が、跳びあがらんばかりに驚いてこちらを見上げた。続けて私は新聞紙を手に取り、やにわに折りたたみ、また折りたたんでCompany & Marketの一面を4分の1にして開いた。これにはさらに多くのチタニウムたちがアップロード/サーフィン/チャットからふと顔を上げ、この騒音はいったい何で、それはやむ気配があるのか知ろうとして周りを見回していた。私はDer Spiegelの記者がなぜ火星人のような気分になったのかよく分かった。彼女が新聞や雑誌を読みふけり、どんな類のメディアが好きなのかをあからさまにしている横で、カフェの他の客たちはスクリーンの裏に隠れ、独りで閉じこもって何をしているのかさっぱり分からせず、キーボードをカタカタたたく指先の音には動じないくせに、その前で新聞を広げる音にはとたんに動揺するのである。

二杯目のコーヒーを手に外に出て歩いてみると、消えているのは紙だけではなかった。iPadやともかく何か読むためのマシンさえも見当たらなかった。これが良いことなのか悪いことなのかじっくり考えようと思い私は本屋を探した。唯一見つかったのはスピリチュアル系の本屋だったが、私の期待には到底応えられなかった。雑誌のスタンドも、中古本の店もチェーン店だろうが個人経営だろうが、どこにもなかった。地元の住民にはひどい話だ。

1時間かそこらして、私はロサンゼルス国際空港に到着し、この状況を改善すべく努力が行われているのを見て嬉しくなった。ルフトハンザの陽気な女性が私に希望を捨てるべきではないことを示してくれた。「デザインにありったけお金をかけたとしても、警備員は変わらないし、入国手続きだって同じなんですよ」ゲートに向かって歩きながら彼女は快活に言った。私は同意のしるしに唸った。

ボーイング747へのタラップで私は腕一杯に新聞をかかえたアテンダントに温かく迎えられた。「申し訳ありません、本日のフライトでは機内でインターネットをご利用できないのですが、FAZ、Handelsblatt、FTもしくはIHTはいかがでしょうか?」と彼女は尋ねた。機内で周りの乗客たちはみなお気に入りの新聞を広げ、世界はいかにも正常に回っていた。

"Screened out and isolated" by Tyler Brûlé on FTWeekend
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ここまで極端な光景を目にすればたしかに自分が火星人だと(それも地球人より技術の劣る火星人だと)思うかもしれません。Brûlé 氏は紙媒体やラジオなど「旧来の」メディアを重視することで有名ですが、氏の姿勢の是非は別として、ジェット機の進化よりも急激なスピードで電子機器が日常を変えていく、そのある種の異常さには注意しておくべきだと思います。何となれば我々は、いつか火星に行けるようになるより早く、火星人とメールしているのかもしれません。

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