2012-06-04

238 Midnight in Paris

ウディ・アレン監督の新作にして最高のヒット作、"Midnight in Paris"はおそらく今まででもっともSF風でないタイム・トラベル・ストーリーです。現代のパリにいながら過去への強い憧れを持つ米国人の作家がある真夜中に1920年代のパリへと迷い込み、ゴールデン・エイジの芸術家や作家たちと語り、一緒に出歩くようになります。可笑しいのは、朝になる前にどこかでちゃんとスイッチが切れ、彼は難なく現代に戻っているのです(普通のタイム・トラベルは、もと来た時代に戻るのに苦心するというのに)。現代の閉塞感を抜け出すように彼は過去との出会いに味をしめ、夜毎にヘミングウェイやダリやフィッツジェラルド夫妻と酔狂で知的な会話を繰り広げていきます。


この映画が魅力的なのは、単純に過去の偉人たちを眺めているのではなく、彼らがあたかも今の時間を自由にリアルに生きているかのように描写している点です。本来現代の我々は彼らの黄金期を知り、またその後についてもよく知っています。でもこの主人公には現代から見た過去の視点はなく、ただ二つの並行した舞台を往来するように2010年と1920年代をあちこち歩き回ります。へミングウェイがこんな人だった、という描き方ではなく、誰も知らないヘミングウェイという人物がふいに登場してくるようです。時空を超えて主人公がどこかに旅するのではなく、むしろ「ジュラシック・パーク」のように、ありえないはずの恐竜が生きて目の前に現れた、という感覚に近いのです。


だから、ここでの過去は「終わってしまった、完了した、既知の」過去ではなく、「存在していたことは知っていたけれど、初めて見た」過去です。しかしこれだけ贅沢に芸術家たちを登場させておいて、最後に「やっぱり現代に生きるのが一番」と主人公に言わせてしまうのも潔く、愉快です。


もうひとつ面白いのは服装。主人公は2010年のスーツ姿でジャズ・エイジに遊んでも、果てはベル・エポックに迷い込んでもあまり違和感ないのに対して、彼が1920年代で出会った女性のフラッパー風ドレスは19世紀末の優雅なパリでは「おそろしく前衛的な服」と言われてしまいます。女性の服装が時代につれて変わりすぎるのか、それとも男性の服装があまりにも変化がないのか、過去の偉大なるデザイナーたちに訊いてみたい気がします。

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