2010-10-31

90 Word

"Even if we cannot meet, just the thought that you are here back in town do please me."

One of my old friend in hometown sent this message when I tried to meet but failed. These words are the most hearty one of those recently adderessed to me.

2010-10-26

89 Blog #2

年末までにあと12本の記事を書く、と宣言したところで、それで、何でブログを書いているんだっけ、という話です。

ずいぶん前に黒板が欲しいと書きましたが(まだ手に入れていませんが)、もし家に黒板なんて無用なものがあったら、思い付いたことを書いたり、描いたり、するだろうと思うのですが、このブログはそれと同じです。ほんの思い付きがIT技術のおかげできれいに画面に収まり、しかも黒板の落書きと違っていつまでも保存しておいてくれる。まさか公共空間に自分のアーカイブを持てる時代になるとは!と嬉しくなって熱心に書き始めた、落書きです。

しかしこの拙文にもいろいろとルールがあります。自分がとことん面白いと思ったことを書くこと。面白そうに書くこと。面白いと思ってもらえそうに書くこと。主観的にも客観的にも面白いというのは難しいことです。その方向にこだわりすぎると、下手をするとおそろしく内省的な文章練習になってしまいます。

でも、

確かNASAが、地球から電波を飛ばして、いるのかいないのか分からない地球外生命体にコンタクトを取ろうという、遠大で無謀で深遠な試みをしていたことがあったと思います(今もある?)。このブログだって無邪気に落書きを発信し続けていたら、未知の方角から何かが来るかもしれません。

未知との遭遇はさておき、すでに受信して頂いている方々に、いかに面白いことを面白く発信できるのか、このブログは考えるアンテナでもあります。(まれに、試験電波を飛ばすこともありますが…)

2010-10-13

88 Blog

Dear Readers,

I started this place on new year's eve. I do not intend to achieve anything in this little blog but always be happy to keep it. I usually focus on how enjoyably, not how many, I write. But I decided to challenge 100 posts by the day of the next new year's eve, meaning I will write 11 posts within 2 months and 2 weeks. No problem. And I also promise to retain sincere interest towards subjects I pick up, and my standard of quality of pics and texts.


Cordially thankful to you all for your encouragement,

Reindeer Records

87 Kids are Alright

モンステラが春から伸び続けていました。茎がどんどん伸び、葉が鉢植えを乗り越え、そのまま下に伸び続け、しだれ桜かコチョウランみたいになってきたところである日止まりました。下に下に伸びた葉に引っ張られて根が抜けないように、慌てて添え木をしたところでした。

ハイウェイを走っていた車がストップして地図を調べているみたいでしたが、そのまましばらく止まっているのかと思ったら、驚いたことに今度は猛然と、全く反対方向に伸び始めたのです。その勢いときたら、6ヵ月かけて伸びた”しだれ桜”と3ヵ月で同じ長さに到達したくらいです。同じ長さになったとたんその勢いはまた止まりました。くっきりと正反対に伸びてバランスを保った姿は、弓を引きしぼったかのようです。

ペパーミントも育っています。何かのオマケでついてきた「縁日の金魚」なのですが、水に差したら簡単に根を張ったので育て始めました。これまた天井知らずの勢いで上に上にと突進しつづけ、ある日重みに耐えきれず茎の真ん中から折れてしまいました。

さて凄いのはここからです。折れてしまった先端と、先がなくなってしまった茎を両方そのまま水に差していたら、片方は折れた茎の途中から自在に根を張り、何事もなかったように上に伸び続けています。もう片方は上に伸びる部分がなくなった代わりに、茎の下方から突然新しい葉が伸び出てきています。きっとまた伸びて行く先で茎が折れ、折れたところから根を張り、伸びてゆくのでしょう。

もうひとつ名前を知らない植物があります。これも伸びることは伸びるのですが、グリーンの密集地帯で育つすべを心得ているのか、縦というよりは横に、四方八方に、たいそうバランスよく伸びているのです。地味に、しかし気づいたころには上から地面が見えないくらい念入りに葉をめぐらしていました。(いろいろ写真を調べると、どうもバオバブの苗に似ているのですが)。

不思議なのはアイビーの枝。水の中で十分に根を張っていて、いつでも伸びてよさそうに見えるのに、春も夏も形を変えずに無言で過ごしていたかと思えば、なぜか秋に入ってから威勢よく新しい葉をつけているのです。遅咲きというのか、気紛れというのか。

教訓:植物がどう伸びるかは、植物にまかせておけばよいのです。

2010-09-30

86 Art

Nabeshima ware, a precious gift to power people of past era, tells a standard of what art should be, and could be.

i) art is beautiful.

Don't argue that it's a matter of course. Today there seems to be many of them which is praised not by its beauty but eccentricity. Then what is beauty? Simple. When the colour, shape, design and pattern is beautiful, it's beautiful. No need to be ambiguous.

ii) art is perfect.

Those splendid dish makers and designers must have been unyielding. They would spend as much time and effort as possible to achieve a perfect goal which never be truly reached, and in this tireless journey to perfection we will see the "Idea".

iii) art is proud.

We know artist is a human. Even if a work of art seems like a gift from heaven, the artist is dedicated to human kind, not to God. (God is to inspire them, not to order them.) Artist has reason to stand out to be admired by power people and common world. Besides these pride what else do they need to be motivated?

iv) art is unbreakable.

This is not the definition of art. But the fact Nabeshima ware was actually used to serve its own purpose is enlightening. Art in life or life in art, I should say. Such a great thing is you can put them into dish-washer and they might never broke!

2010-09-26

85 English

”使える英語”とはよくききますが、では、”使う英語”とは何?

紛らわしい表現やひっかけ問題にひっかからないようにする技術は”使える”かもしれません。が、実際のところ、英語を”使う”場面で、わざわざ紛らわしい話やひっかけをしようとする相手に出会うことはほとんどありません。当然でしょう、一刻も早く正確に用件を伝えたいのですから。もし意図的にひっかけようとしている場合、それに対するのは英語力の問題でなく、交渉事についての洞察力です。もしうっかり紛らわしいことを言ったのなら、過ちはうっかり側にあります。

まあ、そうも言ってられない状況に備えての演習なのかもしれませんが。

でも、「うっかり間違えそうなひっかけを含んだ4択の中から、この話者の意図を選べ」なんて場面は現実にはまずありません。写真を見て「丘陵だか山頂だかはっきりしないが、どっちかというと丘陵だからそれが正解」などという解釈をすることもありません。

TOEICの解き方なるものにも、やや違和感を覚えます。

ListeningもReadingも、「鉄則:先に問題を読んでから聴く/読む。無駄なところは読まない」などとあるのですが、やっかいなことに、その通りに解こうとすると逆に時間を取られるのです。どのみち時間は限られており、問題を前に読もうが後に読もうがあまり変わりはなく、むしろ最初から最後まで全体を通して話題を理解してから、落ち着いて問題を読む方が良いようです。

「どう来るか?」「どう質問されるか?」を気にしていては意識が散るだけ。おそろしく時間に追われるテストであるのは事実ですから、重要なのは集中力のみ。

古武術の本に「敵が右から来るか左から来るかを考えるのではなく、どこから来ても対応できるように、冷静に、自分自身にとって理想的なポジションとスタンスを維持するべし」というような言葉がありました。英語のテストだって同じです。

84 Scapula


これ、肩甲骨です。

人体骨格を描いてみたらこんなふうになるのではないでしょうか。頭蓋骨の下に背骨が伸び、鎖骨と肋骨と骨盤と、腕と足の骨。もっと単純に言えば、アタマと、タテ(背骨、手足)とヨコ(鎖骨と肋骨)。少なくとも私の認識はこんなものでした。見えない背中側の肩甲骨をすっかり忘れていたのです。

それならと、背中側を描いた人体骨格を眺めてみました。解剖学的知識のない目には驚くべきことに、アタマとタテヨコと骨盤以外に、何だか立派なものが背中についている、それが肩甲骨です。なんとなくアメフトの防具を思わせます。

トラやチーターの背中には動くたびに目立つ隆起がありますが、あれも肩甲骨。肩甲骨は湾曲し肋骨に沿って動く。それにより肩は前後上下に自在に動ける。ボクサーの腕は肩甲骨の動きで前に出る。肩甲骨は広範囲の筋肉と、骨盤とも密接に連携し上半身の要となる。

こうした知識もそれぞれ面白いものですが、何より、人体骨格の図のうしろ側に(忘れていた)肩甲骨を配してみたら、急に立体的な構造が目に見え分かるようになりました。それが何かって?自分の頭脳や発言がいまいちなときでも、自分の身体はつねに整った構造と機能を搭載した生体であることを、たまには覚えておいた方が良いように思うのです。